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新たな道を切り拓くPwC卒業生に迫る ~LivEQuality 岡本拓也氏編~

PwC Japanグループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。

岡本拓也さんは家業の建設会社と社会課題解決型スタートアップ「LivEQuality」(リブクオリティ)の事業を掛け合わせ、新たな事業の可能性模索と社会課題の解決に邁進しています。今回は現在の仕事の詳細や、PwC時代に培った経験や学びについて語ってもらいました。

父の急逝で承継した家業とコロナ禍を契機に始まった「LivEQuality」

私が家業である千年建設株式会社を承継したのは、父の急逝がきっかけでした。ソーシャル活動に打ち込んでいた2018年の年始のことです。父の他界後、1~2週間で承継の是非を最初に決断するタイミングが訪れたのですが、実はその時は1度お断りしました。責任感だけで引き受けるのは、自分のためにも、誰のためにもならないと思ったからです。

ただ、心の葛藤は尽きませんでした。父にとって家族同然の人たちが途方にくれている。ずっと社会課題解決を仕事としてやってきた自分が、身近な人が困ってるときに何もしないのか。この場所で全力を尽くすことが自分の本分なのではないか。継ぐことも、継がないことも、両方正解。最後はロジックではなく、直感に従って家業を継ぐことを決心しました。

実はPwCを卒業した直後と状況が似ていたんです。PwCは2011年2月末に退職したのですが、その11日後に東日本大震災が起きました。そのタイミングで私はソーシャル領域に100%邁進することを決めたのですが、その時の決断も最終的にはロジックではありませんでした。家業を継ぐ際は、これもご縁かなと感じたのです。決断した道を正解にするプロセスそのものが本質なのではないかと考え、その道で全力を尽くそうと決めました。

家業を継いで2年ほどが経過した頃、コロナ禍が起きました。居ても立っても居られなくなった自分は、何か自分ができることはないか考えた末、「LivEQuality」を立ち上げることにしました。

LivEQualityは、アフォーダブルハウジング(住居の確保が困難な人に提供する住まい)運用会社である株式会社LivEQuality大家さん、NPO法人LivEQuality HUB、そして千年建設株式会社の3社を軸に展開している、生活困窮者向け居住支援事業です。現在は主にシングルマザーの方々を中心にサービス提供しています。3組織それぞれの強みを組み合わせ、子育てと仕事の両立を強いられるシングルマザーに、安価かつ良質な住まいと地域のつながりを提供し、自立に向けて長期的かつ継続的に伴走していきたいと考えています。

現在、NPO法人LivEQuality HUBでは相談者の伴走支援を行い、株式会社LivEQuality大家さんでは名古屋で物件(アフォーダブルハウジング)を97部屋取得しています。2023年6月にインパクトボンド(私募社債)などを活用し3.2億円の資金調達を実施し終え、物件が30件ほど一気に増えた状況です。

私たちが取得しているのは駅から好アクセス、かつ日当たりが良いなど、利便性と快適性に優れた物件です。それらをマーケットの家賃から支払える金額まで割引き、シングルマザーの方々に提供しています。現在のシングルマザー母子の入居者は40名ほどで、今月末には50名を超える予定です。また物件の一部は一般の方々に通常の家賃で借りていただいており、テナントスペースは立地の良さからマーケット水準の家賃でも満室となっています。このような通常の不動産事業と、シングルマザー向け社会課題解決型事業をハイブリットで展開しており、そうすることによってサービスの収益性や持続性を担保しています。

投資家の皆様には、長期間かつ低利回りで私募社債やインパクトボンドを引き受けていただきました。単にお金を増やすのではなく、わかりやすいインパクトに自分のお金を使ってほしい。そう思っている方々が、世の中にはたくさんいると実感しています。

経営者に欠かせない視点を学んだPwCの日々

私は2003年に会計士試験に合格し、2004年にPwCのメンバーファームだった中央青山監査法人の名古屋事務所に入社しました。他の大手会計事務所やベンチャー企業からも内定はいただきましたが、会計士になったからには意義のある仕事がしたい、またフィーリングが合いそうな方々と働きたいと考え、PwCの一員となりました。

当初、東京事務所に行くことも考えました。ただ採用規模が200名ととても多く、一方の名古屋は20名でした。何がやりたいか明確に定まっていなかったこともあり、幅広い領域の経験や知見や得たいと考え、最終的に早くから裁量を持って仕事ができそうだった名古屋事務所を選びました。

中央青山監査法人には3年ほど在籍し、現場を経験したいという思いから東京のベンチャー企業に転職しました。結果は1年半で離れることとなり、大失敗。会計士として社会に貢献できる仕事は何かと改めて考えた時、企業再生の仕事が魅力的に感じられました。その後、PwCが企業再生の分野でパイオニアであることを知り、もう一度門を叩いて受け入れていただくことになります。PwCアドバイザリーには4年、監査法人と合わせると 7年間の在籍になります。

私が企業再生に携わっていた時期は、バルクセール(債権売却)など切った張ったの事業再生の時代が終わり、そこから経営改善や再生チームを中心に未来を見据えようとしていたステージでした。当時、PwCの企業再生業務で培った会計の力、そしてシナジーが出る方向で組み合わせを考え、何かをつなげていく思考は、今の私を支えるかけがえのないベースになっています。

特に大きな学びとなったのは、うまくいかない企業には制度はたくさんあるが、運用ができてないケースが多いという教訓です。私があるクライアントに新しい提案をしようとすると、当時の上司の方に「制度がたくさんあるけど運用がうまくいってない企業に、新しい制度を提案しても駄目だ。それよりも、今ある制度を減らして運用を改善する提案をする方が、経営にとっては意味がある仕事だ」とたしなめられました。コンサルタント的な視点ではついつい新しいものに飛びついてしまいがちですが、目から鱗が落ちる指摘でした。

その学びからさらに進んで、最近では人を機能として見ないことが重要だと気付きました。人と人のコミュニケーションや対話を大事にすることでだんだんとビジョンが伝わり、やがて余計な仕組みを入れなくてもカルチャーが機能していく。経営者として組織づくりに欠かせない視点や気付きを得られたのは、PwC時代の経験があったからこそです。

能力・人格・マインドに優れた人材を輩出するPwCネットワークの力

PwC在籍時に私が尊敬していた方々は「監査の仕事を通じて社会の役に立つ」「社会のインフラを支えている」という感覚を持っていました。その仕事に対する信条・姿勢には多くのことを学びました。能力だけでなく人格やマインドに優れた人材が多いというのが、PwCネットワークの大きな魅力だと感じています。

私がPwCを卒業してソーシャルに転身した時、ビジネスからソーシャルに移ってくる人材はほとんどいませんでした。ただ近年ではどんどん増えており、そのなかにはPwC出身の後輩もいます。ビジネス領域だけでなく、さまざまな分野に人材を輩出するPwCのカルチャーには今でも鼓舞され続けています。

現在、私は公益財団法人PwC財団の理事も務めさせていただいています。卒業後に養った自分の力を、古巣に役立てることができるのはとてもうれしいことです。アルムナイネットワークをはじめ、卒業生同士のつながりを大事にし続ける懐の深さもまた、PwCの力の源泉になっているのでしょう。

自分の存在とやるべきことを問い続けることがインパクトと未来に繋がる

今後は、まずLivEQuality大家さんを通じてインパクト投資やアフォーダブルハウジングの考え方を日本に広げながら、事業性と社会性を両立した事業を確立していくこと。またコミュニティを形作っていくLivEQuality HUBのNPOとしての在り方とネットワークを全国に広げていく方法を模索していくこと。この2つの軸でチャレンジしていきたいです。

そしてゆくゆくは、事業性に加えて社会性も同時に追求することがビジネスの世界でスタンダードになり、社会課題解決型スタートアップやソーシャルビジネスという在り方そのものが当たり前になる、そんな未来展望を描いています。

私はたまたま父の急逝がきっかけで地方の建設会社を承継しましたが、今となってみればそれはギフトだったと思うようになりました。事業承継は今、世の中全体の課題となっていますが、承継した方が“その人らしい挑戦”をすることで、過去と未来がつながる側面があります。私も千年建設という舞台で、地方の中小企業とソーシャル事業の親和性を活かし、事業承継のモデルの1つを提示していきたいです。

プロフェッショナルファームは、志を持ってチャレンジする場としておすすめしたい環境です。日々の業務のなかでも学ぶことはとても多いですが、「自分は何者であり、何を成すべきか」と自分に常に問うこと、そして小さくとも行動・挑戦し続けることを忘れないでほしいと思います。その問いと行動が、きっと仕事のインパクトと個々人の未来にもつながっていくはずです。

岡本拓也
千年(ちとせ)建設株式会社 代表取締役社長
株式会社LivEQuality大家さん 代表取締役社長
NPO法人LivEQuality HUB  代表理事
中央青山監査法人に入所後、ベンチャー企業を経て     PwCアドバイザリー株式会社(現 PwCアドバイザリー合同会社)にて企業再生アドバイザリー業務に従事。2011年に独立し、東日本大震災直後からSVP東京の代表理事と認定NPOカタリバの常務理事兼事務局長に就任。ソーシャルベンチャーの支援と経営に携わりつつ、内閣府や経産省の審議会委員を務める。
2018年に父の急逝を機に家業の千年建設株式会社を承継。2021年に生活困窮者向けサービス「LivEQuality」を開始する。2022年にはNPO法人LivEQuality HUB、株式会社LivEQuality大家さんを設立し、代表に就任。
その他PwC財団の理事など、多数のソーシャルベンチャーや中間支援団体で社外役員を務める。グロービス経営大学院でソーシャルベンチャーに関する教鞭も取っている。